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こんばんは、駱駝です。

今日、職場の研修で、『初心忘れるべからず』という言葉を聞きました。
私らくだは、この言葉に対してどことない違和感を感じていたことに改めて気づき、今日はその件について考えてみたいと思います。

『初心忘れるべからず』
何事かを始めたときの純粋な意欲や正しくありたいと望んだ方向性が、時を経る中で堕落して傾き程度の低いものに落ちぶれてしまうことなく、いつまでも本来の高い志を忘れずにあれ、と戒める教育的な用語として用いられていると理解しています。(※あくまでもラクダの個人的解釈)

しかし、実際どうでしょう。正直、初心を忘れずにいたら、生きにくいったらありゃしない、というのが本音ではないでしょうか。その道に入れば、入って初めて知る世界もあり、続ければ続けるほどよりリアルな『現実』を知り、いわば甘ちゃんだった頃の『初心』なんて青いだけで現実を知らんかったんやなぁ・・・と思うことが多かったように思います。

されど、そこに夢はあり、その道に入って知った現実を知ったうえで自分は夢(=志)に生きたい思いは持ち続け、いわば「修正版初心」を抱えていく、というのが実際ではないのんか、それも「初心忘れるべからず」に含まれるのかもしれないけど、言葉としてなんかしっくりこんよなぁ・・・とややひねくれものの私らくだはそんなことを考えておったのです。

ですがしかし。こういう違和感を氷解させてくれる御仁が現れたのです。
それは将棋界の巨星、かの羽生善治竜王です。かの人は、NHKのインタビューにおいて、
「初心忘れるべからずって言葉があるじゃないですか?あれって別に始めたときの気持ちということではなくて、『その時々の初めて』という意味がある。例えば将棋を始めた時の気持ちとかプロを目指した気持ちとか、ターニングポイントみたいなところでの気持ちを忘れない、というのがいいのではないか」(ネットニュース引用)と答えてらっしゃたのです。

あー、そうだったんですね。
そこまでの学びや修正は活かしたうえで、かつ段階ごとの目標に挑むうえでの「初心」を忘れるなという意味であったのだと、「あー、あー、うんうん」と合点がいったものです。

もう一つ、「初心」を忘れないという観点で言えば、なにも始めたときの気持ちを忘れないばかりでなく、「始めること」を忘れない気持ち、いわば「初心を持つ」気持ちを忘れないことも大事なのではないかと思うのです。

竹原ピストルさんの『俺のアディダス』という曲の中に、
『走り出し続けろ 変わり続けろ 裏切り続けろ 応え続けろ』という繰り返しがあります。
自分にかなえたい志があるのならば、挑み続ける=走り出し続ける姿勢が大切なんだ、と強く胸を打たれる一節です。

らくだ屋も、初心を忘れずに、走り出し続ける占い師でありたいなと願います。
今後ともよろしくお願いいたします。

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らくだ屋 拝
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2018.01.24 Wed l ひとりごと l コメント (0) トラックバック (0) l top

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