fc2ブログ
こんばんは、ラクダです。

ふと思いだした話があります。
専門学校時代に、習った話で、キューブラー・ロスという人が著作の中で書いたという、「死の受容の五段階」という話。

人は、自らの死を目前にすると、
①否認・隔離
自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階

②怒り
なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階

③取引
なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階。何かにすがろうという心理状態。

④抑うつ
なにもできなくなる段階。

⑤受容
最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階。
(wikipedia参照、一部ラクダにより修正)
…という五つの段階を経る、という話。

で、なぜこれを思い出したかというと、これって、別に死とまで言わなくても、自分たちの(特に死の恐怖のない)実生活にもよく起きている話じゃないのかなと思ったんです。例えば、自分にとってネガティブなこと;例えば、自分を否定されるようなこと、アイデンティティの危機に関わるようなことに直面した時など、容易に受け入れられにくいような否定的なことに直面した時って、知らず知らずのうちに、実は同じようにこういう反応をしてるんやないんかなと思ったんです。

例えば、自分の欠点や、落ち度などと直面させられ、、それがしかも自分に刺さる、響くものであった場合、
①「自分はそんなことない」と否定する、もしくは聞く耳を持たない

②「何でそんなこと言うんよ」と相手に対していら立つ(自分のことは棚に上げる)

③「そんなこと言ったって、・・・だから」と言い訳する、悪あがきする(自分の正当性を引き合いに出す)

④それでもやっぱり刺さるからどよーんと落ち込む

⑤「それでも自分は自分だから」と弱点、問題点を自分の一部として受容し、克服を心がけるor苦手も個性として受け入れる
・・・的な話しなんじゃないかなと思いました。

自分を含め、世の人すべて欠点のない人なんてそうそういるもんではないです。しかし、世渡りの上手下手や、人から愛されるor愛されないには差があるように思います。それには、このあたりの対応の差が結構関わってるんやないのかなと思うんです。

①→⑤の流れは自己成長の流れともいえると思います。①~④で固着してしまっては、自分の成長につながりにくい、訳ですよね。一足飛びにいきなり常に⑤みたいなパターンも無理があるし、①~④のプロセスを経ることにも意味はあると思います。しかし、いずれにせよ先の段階に進んでいくことが大切だと思うんです。

自分自身、こうやって分類されることで、各段階を意識できることで、自分のこだわりや不十分さ(実らなさ)がより把握できるような気がしたので、今後に活かしていきたいなと思うんです。

まぁ、そんなことを考えたってだけです。

各種占い完全無料で引き続き絶賛受付中です。
さすらえる流浪のブログですが、どなたかのお目に届いていましたら幸いです。

にほんブログ村 その他趣味ブログ タロット占いへ
にほんブログ村
よろしければ上記バナー1クリックお願いいたします。
また、《拍手》のほうも1クリックくださるとラクダが喜びます(笑)

みなさまのご安泰をお祈りしております。

らくだ拝


スポンサーサイト



2017.08.30 Wed l ひとりごと l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://uranairakuda.blog.fc2.com/tb.php/50-6789a529
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)